東京地方裁判所 昭和42年(刑わ)84号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一 本件公訴事実 被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年四月二日午後八時一五分ころ、普通乗用自動車を運転し、東京都大田区中央一丁目一八番地先の交通整理の行われている交差点を馬込方面から池上方面に向かい右折するにあたり、信号機の信号が黄色を示しており、かつ、下村忠男(当時二九年)運転の普通貨物自動車が第一京浜国道方面から交差点の直前を対向して進行してくるのを認めたので、直ちに急停止の措置をとるべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同車が交差点直前で停止するものと軽信して漫然加速して時速約二〇キロメートルで右折進行した過失により、同車に自車を衝突させ、同人に加療約二週間を要する前額部挫創等の傷害を負わせたほか、同車に同乗していた坂本堯(当時二七年)に加療約一か月を要する前額部挫創等の傷害を負わせた。
二 判断 <証拠>を総合すると、公訴事実のうち業務上の注意義務とその違反に関する部分を除いた事実を認めることができる。過失の点について、これを認めるに足りない。以下、その理由を説明する。
前掲各関係証拠に弁護人提出の写真を総合すると、次のような事実が認められる。
(イ) 被告人と下村忠男は、ともに黄色信号で交差点へはいつたこと。
(ロ) そのときの被告人の車両の速度は時速約二〇キロメートル下村の車両の速度は時速約四〇キロメートルであつたこと(被告人および弁護人は、被告人の時速は五、六キロメートルであつた旨主張するが、信号の相関関係からすると、黄色信号であえて右折を開始する以上、早急にそれを完了するのが相当であるし、またそうすることができる事情にあつたといえる反面、とくに時速を五、六キロメートルに減速すべき特別の事情は見当らないから、当時の速度については、被告人の捜査官に対する供述を信用するほかない)。
(ハ) 被告人は、交差点の約三〇メートル手前から右折の合図をし、下村よりも先に交差点へはいり、下村が交差点へ進入するときにはすでに右折態勢をとつていたこと。
(ニ) 被告人は、右折態勢をとつた時点において交差点に近ずいている下村の車両を認識し、下村は交差点に近接した時点において右折態勢をとつている被告人の車両を認識したが、双方とも、相手が停止してくれるものと考えて進行を続け、その結果本件事故が発生したこと。
(ホ) 双方からする見とおしは良好であること。
以上の事実関係のもとにおいては、下村は被告人に進路を譲るべきであり(道路交通法三七条二項)、しかも交差点の相当手前から被告人が右折することを認識することができる状況にあつたことがうかがわれる。被告人としては、黄色信号で交差点にはいたにせよ、先に交差点へ進入して右折をはじめた以上、対向する直進車が進路を譲つてくれるものと信じて行動するのはもつともである。本件事故発生の重要な原因は、下村が被告人の車両を早期に発見し、それに進路を譲るべき措置をとることを怠つた点にあるのであつて、被告人に急停止の措置による事故回避の義務を課することは酷に失するものといわなければならない。
結局、本件公訴事実は犯罪の証明がないことになるので、刑事訴訟法三三六条に従い被告人に対し無罪の言渡をする。(柏井康夫)